杉原千畝 命のビザに関する資料展示は、3月31日まで敦賀港金ヶ崎緑地の敦賀港駅舎にて開催中です。命のビザの複製をはじめ多くの資料が展示されてますので、機会がありましたら是非ご覧下さい。 第2次世界大戦中(1940年当時36歳)、杉原はリトアニア日本領事代理を勤めていました。戦乱を避けるため、ナチスからの迫害から逃れるため、ユダヤ人をはじめ多くの避難民に対して、シベリア鉄道を経由して日本(敦賀)から第三国へ出国するためのビザを発行しました。救われたユダヤ人は6,500名といわれています。杉原自身は、日本に帰国してからは、独断でビザを発行したことが問題となり外務省から職を追われています。 1968年、一人のユダヤ人が杉原のもとを訪れ、ボロボロのビザを出し、杉原の顔を黙って見つめたといいます。晩年、杉原は取材に訪れた記者にこう語っています。「私はあの時、ビザを出したことを誇りにしています。外交官としては問題のある行動でしたが、人間としては間違っていなかったと思います。同じ事態に直面したら、私はもう一度、ビザを出すでしょう」。 |