
敦賀市中心市街地の整備改善及び活性化の基本方針|TMO構想概要
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中小小売商業高度化の基本コンセプト
敦賀は、古くより港まちとして発展した。特に、江戸期前期には我が国最大の港まちとなり、その後も北前船の寄港地として人・情報・文化の交流拠点として賑わいを見せた。また、明治期には、横浜、神戸、関門とともに国営4港に位置づけられ、重要な港湾都市としての役割を担った。また、明治期末から大正期にかけては、東京から敦賀を経由して欧州を結ぶ「欧亜国際連絡列車」の結節起点として、他の港湾都市にはない広域的役割を果たした。「港まち」としての輝きは、その後太平洋側の発展や陸上交通や航空網の発達の中で次第に衰微してきたが、敦賀の中心市街地基盤をなすものとして現在なおその面影を残している。
敦賀の歴史は、「港まち」という特色だけでは到底語れない。中心市街地内にある気比神宮は、越前国の一の宮であり北陸道の総鎮守として知られ、古くより市民のシンボルとして生き続けているし、中世以降は大谷吉継統治下の城下町としても発展した歴史を持つ。また、特筆すべきは、松尾芭蕉と敦賀との関係である。芭蕉が「奥の細道」の道中、中秋の名月を観るために敦賀を訪れ、4句を詠んでいる。その後、敦賀から大垣までの道中で句を詠んだ形跡はないし、世話になった天屋玄流に杖を譲っていることから、敦賀が「奥の細道」の事実上の終焉の地とする俳句専門家も多い。
このように、敦賀は、「港まち」を基本としながら、多面的な顔を持つ都市として発展を続け、特有の「敦賀文化」を育んできた。その敦賀文化を一言で言うのは難しいが、「港まち文化」と総称することとする。今後の敦賀の発展を考える時、そのような敦賀固有の「港まち文化」に着目することがきわめて重要である。
特に、中心市街地は「港まち文化」のルーツともいうべきところであり、その再生と創造は、敦賀市民の生活を豊かにするばかりでなく、市民としての誇りを呼び覚まし、アイデンティティを高めることが期待される。また、そのように市民が生き生きとし、心豊かに暮らす街は、市外の人々にも注目され、訪れてみたくなる街となる筈である。
ところで、我が国の中でも「港まち文化」の再生と創造活動を通じて魅力ある都市化に成功している都市としては、上記の元国営港湾都市である横浜や神戸がその代表的なものであり、関門地域も最近魅力を向上させ、注目を浴びつつある。それら以外の都市では函館や小樽等が上げられる。これらの諸都市は、例外なくその歴史文化性や海際都市としての親水環境等を最大限に活かして、魅力と活気ある市街地づくりに積極的に取り組み成功を収めている。
敦賀は、前述のように、国内のどの港まちよりも古い歴史を持ち、かつては国営港湾4都市の一つとして位置づけられた輝かしい歴史を有している。したがって、その特色ある歴史文化ストックを多いに活用して、アイデンティティあふれる魅力ある「港都」づくりを推進していくこととする。
このような基本的考え方から、中小小売商業高度化に向けての基本コンセプトを次のとおり設定する。
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全域共通の基盤的事業
CI戦略構築事業 タウンマップ、サイン等作成事業 観光・地域情報通信事業 一店逸品推進事業 港都めぐりバス推進事業 敦賀港線活用事業 見どころルート設定事業 「港都つるが案内人」養成事業
港まち地区関連事業
赤レンガ倉庫活用事業 敦賀港駅周辺活用事業 魚市場改造・魅力化事業 市立博物館活用事業 歴史的町家再生事業 博物館通り景観形成事業 朝市推進事業 「港まち新街区」整備事業 既存施設活用事業 湾内クルージング事業 港都つるがイリュージョン(幻想)創出事業 金ヶ崎へのアクセス道路及び金崎展望遊歩道等の整備事業 金崎城(山城)の復元事業
中心市街地地区関連事業
空店舗活用支援事業 「まちなか交流拠点施設」整備事業 魅力的なメインストリートづくり事業 気比神宮参道整備事業 駐車場整備事業 住宅整備拡充事業 中心商店街販売促進事業 (中心市街地居住人口増加施策事業) JR北陸線直流化完成記念イベント事業 芭蕉関連拠点施設整備事業事業
駅前地区関連事業
JR敦賀駅舎改築事業 駅前周辺環境整備事業 複合機能施設整備事業 |
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