欧亜国際連絡列車 1912年6月に運転開始された欧亜国際連絡列車は、世界一長いシベリア鉄道(約9,300q)を利用した、日本とヨーロッパを結ぶ最速の交通路でした。
大陸への玄関・敦賀港
   古来より、海と陸の交通の要衝であった敦賀港は、1902年から1941年にかけて、ヨーロッパとの交通の拠点でした。
シベリア鉄道
 1891(明治24)年、ロシア極東の軍事的・経済的孤立を解消するため、ウラジオストクとモスクワをつなぐ長大な鉄道の建設が開始されました。1904年に全線開通した鉄道は、ウラジオストク・モスクワ間を10日間余りで走り、その先のヨーロッパ各国の交通網と接続していました。インド洋経由で約40日かかった船に代わって、シベリア鉄道はアジアとヨーロッパを結ぶ新たな幹線としての期待が寄せられました。
欧亜国際連絡列車
 現在シベリア鉄道を走る列車は、モスクワ・ヤロスラヴリ駅−ウラジオストク駅間の約9,300qを7泊8日かけて走ります。
シベリア鉄道と敦賀
 敦賀は、1902(明治35)年にウラジオストクとの間に直通航路が開かれ、従来のヨーロッパ航路に対してシベリア鉄道の開通により大幅に短縮され、ヨーロッパへの最短路として脚光を浴びるようになりました。また、さらに1912年には新橋駅(東京)と金ケ崎駅間に欧亜国際連絡列車が運行され、ここに敦賀は関西・東海地方の商工業都市を後背地にシベリア鉄道を通じてヨーロッパ各国に直結する国際港として発展していきました。

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